水墨画の真体を再考する

2018年 展覧会挨拶文
 唐の中晩期は、カラフルな彩色絵画からモノクロの水墨画に移行した時代で、この大きな変化には、老子・荘子の道教思想の影響があったとされています。しかし、実際にこの時代の画家たちが、どのように墨の世界を受け入れていったのかというプロセスを探ることはとても趣味深いことです。
一般には、唐の呉道子が鉄線描から蘭葉描、蒓菜条へと至る過程で、水墨画の皴法を誕生させる道を開いたと言われています。そして、唐の詩人・王維は墨を重ねる渲淡法で幽玄な雰囲気を作り出しました。その後の北宋には、古典水墨画の頂点と評される范寛や郭煕の名作が生み出され、水墨画は中国から、朝鮮、日本へと広がっていきました。
 しかし、元以降、文人画の自娯的な水墨画が主流となってきました。今日に至る約200年の間は、生の宣紙を支持体にした「写意」の水墨画や即興的な「付立て」の水墨画は、同じ水墨画とは言えないほど北宋山水画とかけ離れたものになっています。今日、改めて北宋山水画の構造や技法を読み解き、「真の水墨画とは何か」を問い直すことは、新しい水墨表現の可能性を拓いていく上でも有意義なことです。
 幼い頃の私は、父の影響を受けて書の筆を執り、水墨画にも親しみました。その好奇心は、近代の水墨画から、清・明・元を経て北宋へと遡りました。北宋山水画の構造や筆法を十数年間にわたって探求してきた私は、22年前に日本で麻紙と出会ったことで新たな表現の可能性を見出しました。その後は、麻紙を支持体にして、北宋山水画の解構と再建を繰り返し、今日の画境と表現に辿り着きました。本展では、その成果を一堂に展示いたします。水墨画の世界は無窮です。今後、さらなる境地を目指して進んでいくにあたり、本展をご高覧賜りたくお願い申し上げます。


2018.3.
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