「現代における東洋美術の伝統」 目次・序文

1996 筑波大学修士論文

目次

序文

 19世紀後半、欧米列強の拡張主義によって、アジア諸国には、西洋文明に伴って西洋美術が侵入、或いは導入があり、その浸透の過程において、中国、日本、そして、東洋諸国で固有の美術と外来の美術との対抗、融合などの特異な美術的な現象を引き起こした。

 こうして百年を経た現在、この激しい欧米化の波の衝撃を受けてきた東洋美術にはわれわれの風俗習慣、自然環境、日常生活までかわりつづけると同時に、われわれの感性自体、即ち、固有の伝統美術、頼りつづけてきた土壌、或いは基盤も、崩壊または揺れを感じてきた。

 西洋の先進文化に追いつくことを目標にして、西洋美術の受容に専念するいっぽう東洋伝統を守る立場で、固有文化の絶滅を痛感し、固有の伝統的な東洋と、外来の現代的な西洋との二重構鄙こしてしまうのがアジア美術の現在である。
 1993年3月に、日本美術評論家連盟、中国美術家協会、日本経済新聞社主催の「日中美術シンポジウム」が日本で行わった。「日本と中国における近代美術とは何か」というテーマで論議をし、このような言葉があった。

「西洋の衝撃は果たして衝撃だったのかということの検討もその一つであろう。衝撃としてとらえる長年の通念をとり払うと、新しい視野が開けるのではないか。
また更に、伝統と近代を対立概念として対置させる慣習を清算して、両者とも相互に溶け合える包摂概念に変えることができれば、全く別な風景が立ちあらわれるのではないだろうか。
その地点にたどりつけば、アイデンティティーの問題はもっと幅とゆとりを持ったものとして考えることが可能になるだろう。
世界中の美術を、西欧美術で統合する画一化の悲劇を回避するためには、ここでパライムの変換が必要と考えられる。」

新しい視野か、東西を相互に溶け合える包摂か、よくわからないが、私はこの十数年の東洋絵画の実践と感想をまじえて、現代視知覚分析、研究の上で、東洋美術の伝統と、その伝統が現代における意義を探り出すのが、この論文の願いである。
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